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■好きなように生きるのが健康法
地下鉄銀座線の外苑前からほど近くながら、大通りをはさんだ向かいには青山
墓地があり、しかもビルの地下にあるワインバー『O’hyoi’s(オヒョイ’ズ)』は、そのたたずまいからして、「大人の隠れ家」だ。
本物のアイリッシュパブの店内には、ボルドーを中心に150種以上のワインが並ぶ。
ワイン通なら知らぬ者はないこの店のご主人が、またテレビや舞台などで知らぬ者もない藤村俊二さんなのだ。
まだ昼間で開店していない店の片隅、ちょうど芝居の稽古の合間で半日だけ休みが取れた藤村さんのもとに、 ほんの少しお邪魔することにした。
「お忙しそうですね」
そう切り出すと、ちょっとテレ臭そうに答える藤村さんだ。
「なんだかね。ボクはそんなに働きたくないっていってるのに、まわりが働け、働けっていって、疲れるったらないの」
元来、遊び人を自認する藤村さんにとって、なぜか次々と仕事がこなし切れないほど舞い込んでくる現状は、 あまり歓迎すべきことではないのかもしれない。
しかも、お若く見えても来年で古希。ここ10数年で3度も大きな手術を体験している。50代で胃がんにもなり、肺気胸で片肺も取り、数年前には大動脈瘤で人工血管をつけた。本人いわく「体、ガタガタ」なのだ。
だったら、よほど健康には気を使っているのかと思いきや、これがそうではないと ころがいかにも藤村さんらしい。
「前に医者に『タバコやめなさい』っていわれて、ボク、こう答えたの。
『はい、タバコやめて、葉巻に替えます』。健康にいいことやって、死なないって保証はないでしょ?
他の人にとって健康にいいことが、ボクにもいいとは限らない。余分なストレスがたまるくらいなら、やりたいようにやってる方がいい」
ガンを宣告された時でも、平然と病院を抜け出してアワビやうなぎを食べに行っ たそうだ。 理由は「だって食べたかったんだもん。病院の食事っておいしくないで
しょ」
「ボクの友人で、ガンなのに焼肉食って医者に怒られたヤツがいた。でも、そいつにとっては焼肉こそ最高のスタミナ源で、 ガンと闘うには焼肉くらい食わなきゃ生きる気がしなかったのかもしれない。身体にいいと思ったら、食べた方がいいの」
もし、しいて自分の健康法は何か、と聞かれたら「自分のやりたいように生きてること」と断言する藤村さん。
「競馬だって、一生懸命考えて外れるより、何も考えないで当たる方がいいじゃない。 どうしたら健康でいられるか、なんて考えてるより、健康のことなんて気にしないでやりたいことやってた方がいい」
■風邪の時にはアワビのお粥
その言葉通り、自由奔放に生きてきた藤村さんだが、父親が 有楽町・スバル座の社長さんだったほどのハイソサエティの出。だから、両親のしつけはキチンと受けて育った。
「顔を洗った時に水のシブキが飛んだら、ちゃんとそこを拭きなさい、とか、履物は決して脱ぎっぱなしにするな、とか、
人として守るべき基本的なことは、子供の頃にしっかりと叩きこまれた」と振り返る。
ただし、しつけはされても、欲しい物は欲しい、やりたいことはやる、という性分は直せない。兄とオモチャの取り合いでケンカに なったりすると、泣くどころで
はない。手に入らないとなると、ヒキツケ起こして失神するほどのすさまじさだった。 で、そんな時に俊二少年を介抱してくれたのがおばあちゃんだ。春先に芽を出す、フキをやや小型にしたようなユキノシタという植物を
すりつぶし、倒れた彼に飲ませてやる。すると、俊二少年は、何事もなかったかのようにまたすっくと立ちあがったという。
体にいい食べ物でいえば、藤村さんは、風邪をひいた時などにお母さんが作ってくれた
、アワビのお粥も忘れられないとか。
「アワビとショウガの刻んだのと、ネギの刻んだのが入ってるお粥でね。中華でも、アワビ粥は医食同源の中にも入ってるくらいだから、 きっと消化もよくて滋養にもいいんでしょう。それを母親は必ず作ってくれた」
つまり、藤村さんにとって、アワビは「おふくろの味」でもある。ガンになった時にもあえてアワビを食べたのは当たり前なのだ。
「風邪をひいたらトウガラシで湿布 をしろ、とか、梅干は熱を取るからバンソウコウでとめてコメカミに貼れ、なんてのも確かおばあちゃんに
教えてもらった気がする。でも、実際にやった記憶はないなァ。思い出はやっぱりアワビのお粥」
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藤村俊二・略歴
1934年(昭和9年)生まれ。早大演劇科を中退し、日劇ダンシングチームへ。
その後、振付師を経て、69年スタートの『巨泉・前武ゲバゲバ90分』などでタレ ン トとしてブレイク。もうすぐ70歳になる現在でも、テレビ、舞台などで大活躍。
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藤村さんは言う。
「結局、昔は子供を健やかに成長させるためのいろんなことを、おばあさんはお母さんに、お母さんは娘にと、女の人たちは伝承 してきたんだと思うな。それが、今、途絶えてる。スナック菓子やインスタントのものを食べている子供が多いでしょ。
やっぱり母親がもっとしっかりしなきゃ」
チラリと戦中派の気骨をにじませる藤村さんだが、これからの人生をどう生きるつもりか、
との質問に対しては、また、いかにも藤村さんらしい答えが返ってきた。
「よく年寄りの中には、また若い頃に戻りたい、なんて言ってる人がいるでしょ。
ボクはまったく逆。もう十分に若者はやっちゃったし、今さらもう一回やり直すのも面倒なの。 それより、ボクはまだ70歳は一度もやってないんで、『70の自分』は未知の領域。その時どうなってるか予想もできないから、
ずっとワクワクして楽しみに して待ってる。ボクは年を取るたびに、これから先はどうなるんだろう、って楽しん じゃう」
オモチャの取り合いで失神した昔と変わらず、楽しむことに関してはどこまでも貪欲な人なのだ。 (第1回終わり)
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