10.春夏物
あー。またと言うかやっぱり買ってしまったよ、洋服。
季節の変わり目になると意味もなくムラムラと新しい洋服が欲しくなる。そんな私の気持ちを見抜いたのかどうか、いつもタイミングよく「新作が入荷しました」なんていうハガキが舞い込む。そうなると、ついフラフラとブティックに立ち寄ってしまうだけである。
洋服の場合、衝動買い以外の買い方をしたことがしたことがないと言いきれる及川である。キッパリ。
だって、いろいろ悩んで「また明日来ます」なんてやっているうちに、売り切れちゃうかもしれないからさ。欲しいものがあったときは、その場の衝動に任せて買っちゃうしかない。
って言うか、私はとにかく洋服が好きなのだ。
私がバブリーだった頃は、ストレス発散はとにかく買い物。とにかく目に付いたものを片っ端から買っていくという「農協買い」をしていたもんだ。体は一つしかないのに、なんでこんなに洋服が必要なんだと自分でも呆れるほど。あの頃はほんとにアホだったなぁ。
最近ではさすがにそういうことはやらなくなった。経済力も衰えたし、以前のように毎日オシャレして出掛けるというようなこともなくなったから。
かつて久我山(杉並区。環八の外側)に住んでいたときには、「環八越えなきゃいけないときは服装をちゃんとして、環七越える場所にはフルメイク」という掟を自分に課していたものだが、今じゃすっかりいい加減。山手通りを越えようが、時には銀座まで行こうが、すっぴんに普段着のまま。すべてがゆるゆる状態で暮らしているのである。そんな私に「お出掛け着」がたくさん必要なわけがない。
また、あっちこっちの店で買うというようなこともしなくなった。いろいろ見て歩くのも面倒くさいし、すでにオシャレな洋服に体型がついていかなくなっている及川としては、試すだけ無駄というような気分になっているのだ。
ここ何年か私が着ているのは、マリテ・フランソワ・ジルボーの洋服。フランスのジーンズ・メーカーなのだが、ここの洋服はデザイン性も高く細部にも凝っていて、とても可愛い。
しかし、ちょっと小さめの作りが難点。すごーく気に入っているブランドなんだけど、そろそろ体型がヤバいかもしれない。いったいいつまで着られるんだろう。
あとはプランテーションの定番のスカートが気に入っている。なんせ穿きやすいんだよ。ウエストがゴムだし。
それ以外はユニクロである。もちろん普段着はほとんどユニクロだが、ジルボーやプランテーションと組み合わせて使うこともある。こうすればユニクロであるのがバレないかなという、非常に姑息な考えをもってそうしているのだが、人に「それいいね」なんて言われると、「ユニクロだよ〜ん」と自らバラしてしまう。
まるで「俺って若い女にまったく興味ないから」などと先制攻撃をかけてから、相手を安心させて懐に入れてしまおうとする、セコいオヤジのやり方と同じである。・・・ちょっと違うか。
以前、金が入って急にオシャレに目覚めた男友達に、
「あのさ。ドルガバ(ドルチェ&ガッパーナ)のスーツ着て、インナーはジーンズメイトにするでしょ。そうすると、ジーンズメイトのインナーがドルガバに見えない?」
そう訊かれたことがあったが、逆にスーツまでジーンズメイトに見えるよと言ってあげた。
要するに、本物のオシャレさんはインナーや下着にまでこだわるってことだ。もともとオシャレじゃないヤツは、何を着たって同じってことなのである。なーんだ、今まで頑張って損しちゃったよ。
そう言えば、マリテ・フランソワ・ジルボーのお客さんは、音楽業界の人やグラフィック・デザイナー、役者なんかが多いらしい。カジュアルなんだけど、デザイン性がある洋服が多いから、「そこそこオシャレに見せなきゃいけない」職業の人たちが好んで買うのだろう。
まぁ、私もその一人なんだけどさ。なんせ作詞家だから。一応世の中の流行りすたりに命を賭ける、イメージ重視の商売だしさ。って及川が言うなよ。
それより私が着ることで、ジルボーの価値を下げているのかもしれない。だとしたら申し訳ないことである。すまん。
新しい洋服を買う喜びは、着るものに何の興味を持たない人からしてみれば、きっと理解できないことだろう。似合う似合わないに関わらず、自分が好きなものを買ったときは本当に幸せな気分に浸れる。
しかし思うのだが、新しいシーズンのものが出るのが早すぎやしないだろうか。
年が明ければすでに春物。世間はまだ寒い北風が吹いているというのに、店頭に並んでいるのはピンクや黄色のパステルカラーばかり。
暖かくなってから買えばいいやと思っていると、春になった頃にはすっかり夏物。ひまわりをバックに写真を撮ったらステキー、と思うような洋服ばかりである。
しかも、1月に見ていいなと思った洋服が、4月でもまた残っているかというとそうじゃない。いいものは早い者勝ち。そのときにさっと買っておかないと、売り切れてしまうかもしれないのだ。
そんな思いで買って、そしてクローゼットでしばらく眠らせる。眠らせているうちに、時にはその存在を忘れちゃうこともある。「あれっ? こんな服いつ買ったんだっけ?」てな感じ。
青山あたりの本格的オシャレさんは、どんなに残暑が厳しくても、9月の声を聞くと同時に革のジャケットなど羽織っちゃったりするらしいが、私にはそんなバイタリティーはない。って言うか、暑さ寒さをしのぐために洋服ってあるんじゃないの。
あと、いつも不思議に思うことなんだけど。
昼間『ピーコのファッション・チェック』なんかを見ていると、オシャレ自慢のシロートたちが出て自分の洋服を見せびらかしているのだが、なぜみんなあんなに明確に一つ一つの値段を覚えているのだろう。
このブラウスとベストはもちろん単品なのだが、それぞれいくらだったのか私なんて全然覚えていない。カードの明細書を見て合計金額がわかったくらいである。
それを、このバッグはどこのブランドでいくら、洋服は何年前に買っていくら、って的確に言えるのってスゴいなぁと、いつも感心しながら観ている。
みんなそれなりに着るものには執念を持っている、ってことなのか? |