15.羊
昨年のクリスマスと年末年始はトルコで過ごした。
と言ってもイスラム圏なので、西暦における新年はあまり重要ではないらしい。ましてや異教徒のお祭であるクリスマスなど無視状態。派手なイベントもイルミネーションもなく、ほとんどの人々は普段と同じように淡々と過ごしていた。
ちなみに、トルコでは新年のことをクリスマスと呼ぶ。また、年が明けてもサンタクロースは街をうろうろしている。異教徒のお祭は人々の生活に浸透するまでに至らず、妙にゆがんだ情報だけが伝わってしまったようだ。何だか変な感じであった。
その代わり、年が明けて10日後にやってきた「クルバン・バイラム(犠牲祭)」では国を挙げての大騒ぎ。
クルバン・バイラムとは、イスラムにおける重要な宗教祭の一つ(もう一つは、30日間の断食が明けた直後にやってくる砂糖祭)で、羊や牛などを屠り、それを貧しい人たちに分け与えるというものである。
この祭は、預言者アブラハムが自分の息子を神の犠牲にしようとしたまさにそのとき空から子羊が舞い降りてきて息子の身代わりになってくれた、というイスラムの物語にちなんだもの。神への感謝の気持ちを忘れず、イスラムの教えを唱えるというものでもある。太陰暦(ヒジュラ暦またはイスラム暦)によって設定されているため、毎年10日ずつ前倒しになってやってくる。
念のため言っておくと、私はイスラム教徒ではない。夫はイスラムではあるが、私は改宗をしていない。このまま日本で暮らす限りは、将来的にもたぶん改宗はしないだろうとも思っている。
しかし、トルコはイスラム教徒が95パーセント以上を占める国。そんなところで、国を挙げての行事に居合わせてしまったのも何かの縁。もともと周りの感情や雰囲気に流されやすい日本人だということもあり、まぁ…じゃあ…とりあえず…ということで私も羊を買うことに。
正確に言えば夫と私で買ったのだが、この「買う」という行為だけでも結構大変。
東京ドームがすっぽりはまりそうなくらいの広さの場所に、延々テントが並んでいる。その中はすべて羊と牛。それを一つ一つチェックして、より安くよりいいものを選ぶのである。
バイラムの時期は羊も牛も値上がりをしている。さらには悪徳業者なんてのもいて、塩と薬を混ぜたエサで家畜を水太り状態にさせ大きく見せかけ、高く売るというのもあるそうだ。
それを見極めるのが男の仕事。自分の目と勘を信じて、どこよりも上等な家畜を手にいれるぜ。…と言われても、付き合いきれなくて私は途中で降参。羊のいるテントを覗いては、これはどうだあれはいいか、とやっている根気強さに呆れるばかり。
てなわけで、私は先に家に帰り、その後はうちの夫が一人で品定めのやり直し。あれこれ見た結果、黒海産の雄羊を340新トルコリラでお買い上げしてきた。
しかし、もちろん買っただけでは終わらない。その羊をバイラム当日に屠殺場所に連れて行って解体する、という儀式が残っているのである。さらには、その解体された肉を家に持ってきて、親戚一同に配ったり貧しい人のところ(モスクが窓口になっている)に持っていったりも。
バイラム当日は霙混じりの雨模様。寒いったらありゃしない。そんな中でひたすら屠殺の順番が来るのを待ち、もっと言えば順番を待っている間は、殺されていく羊や牛たちを見続けねばならない。そんなことが私にできるはずがない! 当然ながら、「家で待ってるから行ってきてくれ」と夫と夫の兄にすべてを託すことに。また、うちに持ってこられても私は何も出来ないので、解体した肉もすべて夫の親の家に持っていってくれるように頼んだ。
お陰様で、私が行ったときにはすでにバラバラになった肉と化していた。ただ、いつもタバコを吸ったりお茶を飲んだりする憩いのベランダには、
「これはスープにすると美味しいんだよ」
と、胃と頭が「ごろん」。中にお米を詰めて煮込むとうまい、という腸も大きなお盆の上でのたくっていた。
見慣れていない日本人にとっては、その光景もすごいものがあるが、それよりも内臓をことこと煮込んでいるときの臭いにやられてしまった。はっきり言って、ものすごーく臭い。頭がくらくらしてしまいそうな臭いである。
だが、喰う。さすがに胃と頭のスープは、その臭い自体に完全に拒否反応を起こし勘弁してもらったが、
「こんなに美味しいのに、どうして食べないの?」
みんなに不思議がられた。おまえらっ、納豆とナマコとクサヤを喰ってから言えっ!
それにしても、屠りたての羊の肉はストロングで、かなり胃にこたえる。私が食べたのはほんの100グラム程度だったけど、
「肉は、もうしばらくは、いらない…」
ここぞという一番で黒星を取ってしまい、大関昇進を果たせなかった相撲取りのように呟いた私であった。やっぱり日本人の体は、野菜と魚と豆類を食べるようにできているんだなぁ。
3万円の羊で、食べたのはたった100グラム。松阪牛のいいやつよりもお高い羊ではあったが、まぁ親戚一同、ついでに貧しい人たちにも喜んでもらえたってことでよしとするしかない。
付け加えると、うちの夫が選んだ羊の肉は「実にうまかった」らしい。私には羊肉の違いがよくわからんが、自分はやはり見る目が肥えていると大いばりしていた。
でもって、次回はバイラム時期にトルコに行くのは避けようと、心から思った次第である。 |