私が持っているインドネシア製のゴールドは、なぜ磨くたびに黒くなっていくのか。タイ製のシルクは、なぜ洗うとゴワゴワになった上に縮むのか。
答え。偽物だからだ。
私は衝動買いの達人であるとともに、通販マニアであり、また安物買いの銭失いの名人である。さらには「ボラれ」の天才でもある。
エステ器具に化粧品、下着、電化製品、漢方薬と今までもさんざん騙され、高い金を払ったり、ローン申込用紙にハンコを押してきた。しかし、日本国内においてはまだマシである。騙されたと言っても、10円の物を1万円で買うようなことはしていない。つい手が出ちゃって、あとで後悔したという程度である。
ところが、海外に行くといきなり「旅目」になってしまい、
「あっら〜! これ可愛いじゃな〜い」
と何でもかんでも買ってしまう。特に貨幣価値が日本より低い国に行くと、全部の物が安く思えるのだ。
日本じゃ100円ショップで売ってたって絶対に買わないよな、というような物までつい買ってしまい、いつも帰りの際のバゲージはそんな「お土産」でパンパンになっている。
スキー場で出逢ったインストラクターがすごくかっこよく思えて、でも東京で再会したら、ただの田舎者でガッカリした・・・というのと同じだ。家に帰ってきてバゲージを開け、そこにあるお土産品を目にした途端、
「なんじゃ、こりゃあ〜!」
松田優作がのりうつってしまう。で、結局はむりゃくた人に押しつけることになる。
私の家には今、ほとんど外国のお土産品が残っていない。未だに重宝して使っているのは、カンボジアの道端で3ドルで買ったクロマー(綿の布)とトルコの友人にプレゼントされた灰皿くらいである。
ものすごい量を買ってきたのに、何も残っていないということは、つまりそれだけ周りの人たちにあげてしまったということだ。
洋服に限って言えば、100パーセント失敗した。なんで日本に安くていい物がたくさん売っているのに、わざわざ海外で買ってくるかな。まぁそのときは欲しいと思ってしまったんだからしょうがない。
Tシャツ状のワンピースの裾が細かくビラビラに切られていて、そこに約1センチ大のカラフルなプラスチックの玉がついている(まるでボブ・マーリィーの頭が洋服になっていると思ってもらえばわかりやすい。よけいわからないか)という服をバリ島で買ったことがある。見たときは可愛いと思ったのだが、日本で着るとやっぱり変だ。
「絶対にあんたに似合うと思って買ってきたんだよ」
そんなバレバレの嘘をついて、涙目で拒否する弟の嫁に押しつけた。
いろんな色の蛍光塗料を塗ったくったTシャツとパンツのセットは、マレーシアで買った。これは弟にあげたのだが、ヤツは気付かずにそのまま着て出掛けてしまい、日が暮れた途端自分の体が光り出して、周りにいた友人に、
「恥ずかしいから、あっちへ行って!」
猛烈に嫌がられたそうだ。御堂筋のグリコよりも派手だったと、あとで言っていた。
持つたびにビーズがこぼれるバッグに、洗うたびに欠ける陶器。右と左の長さが違うスカートに、履くと足が血だらけになる靴。さまざまなガラクタが我が家に持ち運ばれ、そしていつの間にか消えていった。
しかし、そんな私でも最近は「ボラれ」とは疎遠になっている。なぜなら、ここしばらくはトルコ以外の国には行ってないからだ。そして、トルコではもう土産物を見ることにさえ飽きてしまい、何も買わなくなっている。
それでも、いちばん最初にトルコに行ったときは、お約束どおり絨毯屋の客引きにつかまり、絨毯を買う羽目に。
金糸銀糸で「千夜一夜」の物語が刺繍された品で、3000ドル以上の物を値切りに値切って、二つで1620ドルというところで落ち着いた。
今回は勝った、と思い込んでいたのだが、日本に帰ってそれを拡げてみると、もう悲しいくらい日本の家屋に合わない。トルコの店で見てステキだと思った物は、日本の家や家具と見事なまでの違和感を織りなしている。
しばらく腕組みをしながら呆然と眺めていたのだが、すぐに折り畳んでクローゼットの中にしまい込んでしまった。あれ以来日の目を見ることはない。
先日、トルコの知人がうちに遊びに来たので、おおそうだと例の絨毯のことを思い出し、久しぶりに拡げて見てもらった。
彼も似たような商売をしているのだが、
「これはトルコの絨毯じゃないよ。イラン製のスマックって言う物で、コットンで織った物に、ケミカルな染料で染めた糸で刺繍しているんだよ」
そして、その「スマック」を裏返し、端っこに貼ってあったラベルを見て、
「これの仕入れ値は75ドルだね」
ガーン! 及川、不覚である。一つ75ドルで、二つだから150ドル。十倍以上の値段を出して、得したとウキウキしていたなんてぇ〜! ああ、私のバカバカと頭をぶってやりたい気分である。
「あの日本人女、あっさり騙されてやんの。愚かだねー!」
トルコ人の嘲笑が聞こえるかのようである。
しかし、何度かトルコを訪問するうちに、絨毯に対する目も肥え、さらには友人・知人も増え、今では絨毯は買う物ではなく貰う物だと思っている。くれるんなら貰ってあげてもいいよ、と実に不遜な態度で臨むことに決めているのだ。そうすると誰も売りつけには来ない。反対に私が、
「あっ、これキレイね」
などと言おうものなら、皆怯えたような顔をする。
そんでもって最近は、帰国時に買って行くのはほとんど食料品である。ピクルスにオリーブ、チーズ、生の蜂蜜などなど。はっきり言って日本でも買えるような物ではある。でも、日本に比べると安いし。
水分が漏れないようにとタッパーに詰め、サランラップをぐるぐる巻いた上にジップロックに包んでバゲージに入れる。食料品を持ち帰るのもなかなか大変である。
そして、そのほとんどを腐らせる。
トルコで食べて美味しいと感動した物なのに、なぜか日本でだとさほど美味しく感じられない。
・・・やっぱりまだ「旅目」になってんじゃん。 |