『プロレスラーとして、「鬼嫁」として困難を乗り越えてきた秘訣とは?』 |
■イヤなことでも笑ってしまう! 最近テレビのバラエティ番組などによく出演されている北斗晶さん。「鬼嫁」という呼び名で有名な北斗さんは、2002年に引退するまで、女子プロレスラーとして20年近くも第一線で活躍。血みどろの壮絶な試合を繰り広げる姿から「デンジャラスクイーン」(注1)と呼ばれていました。 しかし、取材でお会いした北斗さんは常に柔らかい笑顔を浮かべ、「鬼嫁」「デンジャラスクイーン」からはほど遠い印象でした。 「ふだん、何があっても笑っていますね。たとえイヤなことがあっても、それをネタにして笑ってしまうタイプです。ただの脳天気かもしれませんが(笑)」 95年に同じプロレスラーの佐々木健介さんと結婚した北斗さんは、02年にプロレスを引退後、主婦業に専念しました。ところが、ご主人が大けがをして試合ができない状態になり、一家はまさに無一文の状態になってしまったのです。 「その頃は、引き出しを開けて10円玉を見つけて『やった!』と(笑)。そこで、ほかの引き出しもひっくり返して探してみたのに何も見つからない。そんな時、自分がしていることがばかばかしくなって、思わず笑ってしまうんです」 でもそれは単なる楽観主義ではないようです。当時、北斗さんは車を売って家計の足しにしようと考えたこともあったそうです。 「でも、もし車を売ったら、きっと家にあるほかの物も次々と売るようになると思いました。それってどんどん下がっていく証拠じゃないですか。それに苦労して買った物も、二束三文でしか売れないし、後で同じ物を買い直すのも大変です。そこで『家には売る物はない』と腹をくくって、一生懸命働くことにしたんです」 北斗さんはご主人のマネージャーとしてプロレス界に復帰。現在に至るまで、ご主人の活躍を陰で支えてきました。そんな北斗さんはご自身のことを「負けず嫌いで、何かを始めると夢中になる性格」だといいます。 「私を怒らせると恐いですよ。とことんまでやりますから(笑)。現役時代の戦い方も、別に演技をしていたわけではありません。私の中には、『デンジャラスクイーン』の部分があるんでしょうね」。 (注1) デンジャラスは「危険な」という意味。現役時代、北斗さんは「危険な女王」と呼ばれていたことになる。 ■首の骨折を克服した原動力とは? 北斗さんは、現役時代、プロレスの試合中に首の骨を折るという大けがを経験しました。 「けがをした時のことは、全く覚えていません。気がついたら病院のベッドの上に固定されて寝ていた。最初は自分の身に何が起こったのか、全く理解できませんでした」 治療のため首が完全に固定されていた北斗さんは、寝返りを打つことさえでない状態が、なんと2ヶ月間も続きました。 「意識ははっきりしているのに、身体は全く動かせない。ほんとうに気が狂いそうでした。『舌をかみ切れば死ねるんだな』と真剣に考えたこともあります。それでも、なんとか耐えられたのだから、何が起きても大丈夫という自信はありますね」 2ヶ月後、首の固定が外された北斗さんは、ベッドから起き上がることさえできませんでした。寝たきりの状態が続き、全身の筋肉が極限まで衰えていたからです。そのため、まずはベッドから立ち上がることからリハビリが始まりました。 「けがをしたのは、新人賞を取って世間の注目が集まり始めた頃でした。もし今プロレスをやめたら、これまでの苦労が無駄になる。このままでは引っ込みがつかないと思いました。お医者さんは、プロレスをするのはとても無理だと。それでも、不思議なことに『必ずもう一度リングに立てる』という自信がありました」 そして奇跡が起こりました。努力のかいもあって、北斗さんは驚異的な「快復力」を発揮。けがをしてからなんと8ヶ月後には、リングに上がることができたのです。 ■いろんな悩みは、それしきのこと 現在北斗さんは、ラジオで人生相談をしています。相談者は若者が中心ですが、中には「リストラされた主人と離婚を考えているんですが」といった相談もあるそうでです。 「夫婦は、ふだんの積み重ねが大切だなぁ、と思いますね。私の場合、主人の収入がゼロだった頃も、彼を捨ててしまおうとは思いませんでした(笑)。きっと、それまで主人にかわいがってもらっていたからでしょうね。奥さんから離婚を切り出される旦那さんが増えているようですが、『奥さんを大事にしてきましたか?』と聞いてみたいですね。 それとは逆に、寝たりきりの奥さんを献身的に介護する旦那さんの姿をテレビで見たことがあります。きっと、奥さんが旦那さんに尽くしてきたからだと思うんです」 ところで、人生相談に電話をかけてくる若者たちは、北斗さんから生きる勇気や元気をもらいたいと考えているのでしょう。そんな彼らに「何言っているんだよ! それしきのことで」と北斗さんなりのエールを送ることが多いのだそうです。
「相談を受ける時は、たとえ小さな悩みに思えても、相手には大きな悩みだということを忘れないようにしています。でも、悩みって『それしきのこと』だとも思うんです。自分も首の骨を折ったり一文無しになったり、いろいろなことがあったけれど、しょせんは『それしきのこと』ですよ」 北斗さんが言いたいのは、「私の経験に比べたら、あなたの悩みはたいしたことがない」ということではないはずです。 首の骨を骨折。医師からリングへの復帰は無理と宣言されたのにも関わらず、「必ずリングに立てる」と自信を失わなかった北斗さん。それは単なるプラス思考ではなくて、北斗さんが、元の姿に戻ろうとする身体の力、いわば「快復力」が身体の中で働いていることを感じとったからではないでしょうか。その「快復力」が相談者の中にもあることを信じるからこそ、北斗さんは「それしきのこと」と言葉をかけるのだと思います。また、その信念が伝わるから、相談者も「それしきのこと」という一見乱暴な言葉を素直に聴くことができるのでしょう。 北斗さんは、私たちがふだん気づいていない人間の可能性を生きている。その姿が、時には「鬼」や「デンジャラス」に見えているのかもしれない。取材を通してそんなことを感じました。 (第12回 北斗晶さん インタビュー 終わり) |